ヨーロッパの街並みが100年たってもさほど変わらない3つの理由~勝手に旅行理論

ヨーロッパへ旅行又は出張で訪れる際、同じ町に2回以上訪れた経験がある人は、その町が以前とさほど変わらないことに気づくだろう。現に添乗員として同じ町を何度も訪れている筆者が、そう実感している。TVの旅番組などで、100年前の街並みの画像と現在の画像を比較していることがあるが、その様子はさほど変わっていない。

例えば、以下2枚の写真を見てほしい。いずれも筆者が訪れたイタリア、シチリア島ラグーザの写真だ。上は2004年、下は2014年のもの。10年たっているが、全くと言っていいほど変わっていない。

old_ragusa
2004年撮影のラグーザ・イブラ
2014年撮影のラグーザ・イブラ
一方、日本では10年もたつと以前とは全く違う街並みになってしまっている。自分の故郷に何十年ぶりに戻ったとき、道さえわからなくなる人も多いのではないだろうか?

なぜ、ヨーロッパの街並みは変わらずにいられるのだろうか?

理由1.地震が少ない

1つ目の理由は、地震大国日本だからこそわかることだ。過去から何度も発生する大地震による震災で、全てが崩壊してしまった経験がある日本では、新たに街づくりをしていかざるを得ない。そしてそのことは、同時に日本をたくましく成長させてきたことも事実だ。
一方、ほとんどのヨーロッパの国では地震が少ないので、かなり前に建てられた建物をそのまま改装して利用することが出来る。

では、日本同様の地震大国・イタリアはどうか?
記憶に新しいのは、2009年4月に起こったアブルッツォ県ラクイラの大地震。町は崩壊し、教会をはじめとする重要建造物はほとんど崩れてしまった。その後もこのあたりは何度か大きな地震があり、そのたびに多くの建物が崩れてしまっている。おそらく、昔ながらの建築様式に最新の耐震・免震技術を取り入れることは難しいのかもしれない。
だが、イタリアは震災のたびに町を以前と極力変わらない姿に戻そうと努力する。町のランドマークとなる教会も、遺された資料を基に復元しようとするのだ。
ラクイラのシンボル、サンタ・マリーア・ディ・コッレマッジョ聖堂は翼廊の一部、 サン・ベルナルディーノ聖堂は鐘楼と後陣が崩壊した。だが、前者については画像の通り見事に復元され、後者は筆者が訪れた時はまだ再建中であったが、可能な限り元の姿に戻そうとしている。

サンタ・マリーア・ディ・コッレマッジョ聖堂
サン・ベルナルディーノ聖堂
街並みを変えない努力は、まったく地震を理由にはしていないのだ。

理由2.スクラップ&ビルドではなく、古いものを大切にする

イタリア、ラクイラの事例だけではない。地震に限らず、過去の大火で町の大半が失われたところもある。その代表例は、1666年に起こったフランス・パリの大火だ。だが、それ以前に建てられた建造物を中心に、町は忠実に再現されている。

このことは、イタリアもフランスも古いものを大切にする考えが根付いているからではないだろうか?そこには仏教とは違う、キリスト教による宗教観もあるのかもしれない。

2019年4月に起きたパリ、ノートルダム大聖堂の火災は記憶に新しい。これの再建を巡っては、様々な議論がなされている最中だ。ある人は以前同様の姿に完全復元させるべきだといい、またある人は世界中の建築家からデザインを公募して、全く新しいノートルダム大聖堂にすべきだという。その結論はまだ出ていないが、おそらく基本となる建物はそのまま生かし、尖塔部分がどうなるかだけの話に落ち着くのではないかと想像する。

一般市民が居住するアパートはどうか?
郊外は例外だが、町の中心に住んでいる住民が利用するのは、主にアパートだ。これも日本とはまるで事情が違う。何百年と変わらない建物の中身だけを改装し、それを住居として利用しているため、表側は以前と全く変わらない街並みがそのまま残る。

振り返ってみて、日本はどうだろうか?
関東大震災、また第二次世界大戦以来東京は何度も町が崩壊した。いや、それ以前、江戸時代に何度かあった大火でもそうだ。そのたびにたくましく復興してきたことは事実だが、基本的に日本では古い物を壊し、そこに新しいものを立てるスクラップ&ビルドだ。それは、こうして何度も復興してきた中で得た知恵なのかもしれない。

ヨーロッパの各国と日本とは、根本的に建物再建に対する考え方が違うのだろう。

理由3.新市街と旧市街に分けた景観づくり

ヨーロッパにも町の再建に、スクラップ&ビルドがないわけではない。いつまでも過去のものにこだわってばかりでは、人も町も進化しないからだろう。

イタリアをはじめとする観光立国では、観光資源となる歴史的建造物や世界遺産を中心とする部分を徹底的に昔のままの姿を残そうとし、それ以外の周辺を新興住宅地として進化を続けている。

これが旧市街と新市街に分けた町づくりだ。

パリの中心部は部分的に修復をしながらも、おそらく以前と同じ町並みと区画のままだ。これは、一定の高さ以上の建物を新たに建設することが出来ないという市の条例により、観光都市パリの魅力を保存しようとしている。そのかわり、デファンス地区などには高層ビルが立ち並んでいる。ロンドンも同じようなつくりだ。

日本でも街並みを分けて保存する代表的な例として、京都が挙げられる。京都は、景観づくりのため中心部では高層ビルを建てることが出来ないとされていた。だが、京都は例外にすぎない。日本のほとんどの都市は上述の通り、スクラップ&ビルドを繰り返しているため、景観ということにおいて以前と比べようがない。

だが、多くの訪日観光客を迎えるにあたり、その考え方だけでよいものだろうか?以前とは違い、今の訪日観光客の目的は、代表的な京都や奈良だけではない。SNSで反響が大きかったところは、どこへでも訪れる。
例えば、SNSを頼りにある場所を訪れた観光客が、10年後に同じ場所を改めて訪れた時、その人はどう思うだろうか?「この進化が日本だ」と納得してくれるのか、それとも観光立国としての日本は評価に値しないと思うのか…。

海外の大小様々な町を見てきた筆者としては、観光立国を目指すには町の景観づくりが第一ではないかと思ってやまない。
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