「毎日がおいしい」は幸せの極意 #1 晩酌NGで彼女が作ってくれたごはんはコレ

「毎日がおいしい」イメージ

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「あ〜、今日もおいしかった!」

夕食後、彼女がそう言った。

毎日3食、ほぼうちでの食事だけれど、いつも彼女はそう言う。

二人の共通の興味は「食」。

コロナ禍前は、近所や旅行先で出会う店で、おいしいものをいろいろ食べてきた。

でも、やっぱりおいしいのはうちのごはん。

最近、ふたりの関係がいいのは、この毎日の「おいしい」のおかげ。

「毎日がおいしい」と言えたら、それは幸せの極意そのもの。

これから、「ごはん」にまつわることにちなんで、夫婦でもなく彼氏彼女でもないふたりの関係を長続きさせるコツや、人生でぶち当たるさまざまなことへの対処について、書いていこうと思う。

夫婦ではなくパートナー

最初に、ふたりの関係について触れておく。

専門学校の同級生どうしで付き合い始めたが、諸事情があって、結婚という形態をとっていない。ふたりとも、国の制度からすれば「未婚」扱いだ。

同居を始めて30年以上、顔見知り程度の付き合いの人たちは、きっと夫婦だと思っているに違いない。

面倒くさいのは、冠婚葬祭のとき。

卒業後初めて入った会社の、直属の上司が亡くなった時、その葬儀にふたりで参列したが、元同僚や上司、付き合いがあった同業者たちに、なんて紹介すれば良いか思案した。

「妻」って言っておけばいいじゃん。

その場をやり過ごすのに最も適した紹介だと思った。

しかし、ふたりとも思うところがあって結婚という形態をとっていないので、そう説明することもお互い納得がいかない。

そして、参列した人たちにこう紹介した。

「パートナーです」

相手の反応はこうだ。

「・・・へぇ、今時だね」
「いいんじゃない?」

パートナーとは、2人1組の相手、配偶者、仕事の上での協力者、つまり相棒など、いろいろな意味合いがある。

そしてこの言葉は、同棲している人にも、同性どうしのカップルでも、そして、自分たちのような結婚という制度に縛られたくない人たちなど、あらゆる人に当てはまる素敵な言葉。

自分たちでは、この関係性が最もしっくりくる。

話は戻り、新人の僕によくしてくれた上司の葬儀なのに、こんなことに気を取られてばかりいて、その場では悲しみが湧いたのかどうかさえわからなかった。

葬儀の後、家にまっすぐ帰っても気持ちが落ち着かず、京王プラザのバーに立ち寄った。そこでしんみりと思い出に浸っていた時、やっと悲しみがこみ上げ、不覚にも泣いてしまった。

彼女は隣で黙っていた。

今後も、ふたりは結婚という制度を受け入れることはないだろう。

もし、夫婦別姓が法律で認められれば、その時は考えてもいい。

そんな関係だ。

調理は彼女、僕は皿洗い

サラリーマンを辞めて、SOHOという形で独立起業したので、20年くらい前から毎日、ほとんど家で3度食事をする。

もともと、彼女は、家にいてもできる仕事を持っていたので、ほとんど勤めに出たことがない。

子供はいないし、一時は猫を飼っていたが、ずっとふたりの生活だ。ほぼ24時間、一緒にいる。

コロナ禍でリモートワークをすることになった人たちが、家庭にいることが多くなり、家族とぶつかることが多くなったと聞く。

そんな時は、家事を分担するといいかもしれない。

僕が家で仕事をするようになって、彼女も仕事を手伝うようになったが、食事の用意はもっぱら彼女の担当。僕は料理ができないので、ひたすら食後の皿洗いをする。

最初は「洗い残しがある」とかいわれたり、皿洗いの後はシンクもきれいにしておくなど、家事の経験があまりない僕は、その度に彼女に指摘されてきた。

どちらかというと、僕は適当、彼女は几帳面、皿の片付け方ひとつにしても、僕のやり方はザツだ。

しかし、「そんなこと、知らなかったんだからしょうがないじゃん」

とはいわない。

ふたりの生活において、波風を立てることはNGだ。いわれたことが間違っていれば反論すべきだが、お互い素直さと謙虚さは必要だと思う。

若い時は、よく反論して喧嘩になった。彼女の方が口では強いので、いつも言い負けてしまう。

近頃は、まず、いわれないように家事をする。そして、注意された時は素直に謝る。

「言いなり」なのではない。

相手の気持ちを思いやり、そう思わせてしまった自分が折れることが大切だ。

なにより、毎日の生活が気持ちよく過ごせるように、いつもふたりで修正していく。

ふたりだけなのだから、ほかに家事をしてくれる人はいないから。

高血圧への思いやりの食事

先日、胃が痛くなって病院へ行った。

「この痛みは、ひょっとしてガン?」

などとびくびくし、この歳になって初めて胃カメラを飲んだ。

結果は、ちょっとした胃炎だったのだが、その時病院で計測した血圧が異常に高かった。診察した先生もびっくりするくらいだ。

もちろん、本人の僕もびっくりした。なにしろ、自覚がないのだから。

失礼ながら、高血圧はもっと高齢の方がなるものとばかり思っていた。

病院で、胃炎の薬とともに、高血圧の薬が処方されて帰宅すると、彼女もびっくりしていた。

そして、僕の1番の心配事は

「毎日の晩酌ができない」

ということだった。

そんなとこ・・・?

と思われるだろう。

ふたりとも晩酌が好きで、食事にあわせていろいろ飲んで、毎日楽しんでいる。だから、薬を飲むことにより、大好きな晩酌ができなくなることは、苦痛とまで考えた。

苦肉の策は、炭酸水で誤魔化すこと。

彼女は普通のお酒をいただき、僕だけ炭酸水、でもなんとなくビールを飲んでいる気分になる。うちには、いろんな種類のアルコールを炭酸で割って飲めるよう、ソーダメーカーがあることが救いだった。

しかし、彼女は、自分だけ飲むことに気が引けたのか、その日以来、夕食に特に力を入れて料理をしてくれた。

最初の夜の食事は、こんな献立だった。

晩酌NGの夕食

この10年来毎晩食べている、納豆にオクラ・とろろ・めかぶ・なめ茸など、ねばねばするものを入れて前菜としている。夜、納豆を食べると、血液がサラサラになるという話を聞いて以来だ。このネバネバ納豆は、特に高血圧対応ではない。

ノン・アルコールではお腹も空くだろうと、その後はカツオのヅケにごはん、味噌汁、えびとアスパラの焼いたものを作ってくれた。

高血圧に塩分はNGなので、どれも塩分控えめだが、やっぱり彼女が作る料理はおいしい。

それから2週間、夜服用する胃炎の薬が終わるまで、僕の食事を気遣ってくれた。

でも、考えてみたら、彼女が作ってくれる食事はどれも、高血圧のためだけではなく、僕の体を気遣ってくれているものばかりだ。

調理師の資格はないながらも、ネットや本で栄養について結構調べている彼女は、ネバネバ納豆だけでなく、いろいろ考えて作ってくれる。

だから僕は、彼女に頭が上がらない。

けれど、彼女もそれを恩に着せない。

そんな関係が、24時間ずっとふたりでいることの秘訣だと思っている。

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