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SOHOで起業した旅行会社のはなし|13〜理想と現実

旅行業を志して旅行会社に入社したら、一度は夢見る「独立起業」。

旅行の学校に行っていた頃、国家資格の「旅行取扱管理者」さえ取ってしまえば、単純に自分で旅行会社が出来ると思っていた。

旅行業は普通の仕事と違い、昔から独立起業を考えやすい業種だった。

「SOHOで起業した旅行会社」シリーズは、旅行会社に勤務して約17年で独立した、筆者の体験談である。

独立してからすでに、会社勤めと同じくらいの年月がたった。

しかしこの間、思い描いていた「独立起業で旅行会社」という理想と、当然起こり得る現実が常に隣りあわせだった。

旅行業での人気は旅行企画

一般的には、旅行業でやりたい仕事といったら、誰もが「添乗員」だと思うかもしれない。

懐を傷めず、会社の経費で海外旅行が出来て、なおかつ、世界各地の観光地をさっそうと歩く姿は、旅行業の中の花形に見えるかもしれない。

また、基本的に旅行業を志す人は「人をお世話したい」と思う人が多い。添乗員はツアー参加者全員に気を配り、旅の最後に

「楽しかった!」
「どうも有難う」

といってもらえることに喜びを感じる。

まして、

「次の旅行も、あなたが添乗員だったらいいわ!」

などといわれた暁には、添乗員冥利に尽きるというものだ。

確かに、実際添乗員は人気だろう。しかし、「旅の楽しみは出発前が50%以上」といわれるように、旅行は計画しているときが最も楽しいはず。

そして、旅行業を志す人は、皆、旅行会社の企画セクションに配属されたいと思っている。

自分でオリジナルの旅行をプランニングし、それをツアーとして販売する。そこに、どれだけオリジナリティが出せるか、なんて思うことだろう。

実際の旅行企画は、どれだけコストを削りながらお客様に最大限のサービスを提供できるかどうか、数字とのにらめっこばかり。そして、そのために航空会社や宿泊機関など、旅行サービス提供機関への料金交渉が、主な業務だ。

現在、筆者が日々行っているオーダーメイドの旅行も、ツアー造成と同様だ。

依頼された希望を、出来るだけ日程に詰め込み、同時に依頼者から提示された予算内に収まるよう、計算する。

A航空の航空券が高ければB航空に変更し、複数都市周遊なら滞在都市ごとにホテルのグレードにメリハリをつけて、少しずつコストダウンする。
それでも、旅行者にとっては、結果として「メリハリがついた旅行」として楽しまれる。こういったアレンジを日々机上で行っていれば、たとえ数字とのにらっこが続いても、妄想の中で世界中を旅している気分だ。

とにかく、筆者自身でさえ、今でも旅行企画はやっていて楽しい仕事だと思っている。

現実は毎日突きつけられる

しかし、独立して自分で会社を運営していくとなると、楽しい仕事ばかりしていればよいというものではない。

このシリーズで書いてきたように、利益率が低い旅行業で、いかに長く会社を存続させることが出来るか?それには、徹底したコストダウンが必要だ。

旅行業は添乗員やカウンタースタッフなど、「ヒト(人)」が財産。

しかし、そのためには人件費がかかる。だから、コストダウンと人件費を照らし合わせた結果、SOHOスタイルで、スリムな旅行会社が自分には的確な形だと考えた。

起業した頃、「SOHO」という言葉は既に世間に浸透していたが、旅行業でSOHOというのはあまり聞いたことがなかった。同時に業務のネット化が進み、今まで人が行っていたことはインターネットで出来るようになってきた。だからリアルな「ヒト(人)」が必要な部分は自分が行い、それ以外はネットを駆使して営業することで、SOHOスタイルでも十分旅行業をやっていけると考えた。

常々書いているように「自分でできることは自分で」行う、それは、毎日旅行を企画しているだけの職人気質では済まされない。

人件費を抑えたSOHOスタイルなのだから、総務も経理も営業も企画も全て自分で行う。今まで知らなかった業務が増え、一日の中でどのように各業務を割り振っていくかが問われる。

公明正大に...

旅行会社運営の最大の難関は、キャッシュフローだ。

「末締め翌月払」のように、全ての支払日が月末だけ、というわけにはいかない旅行業の経理は、キャッシュフローが難しい業種でもある。

近年、旅行業では大手といわれていた会社が、航空券代を支払うことが出来ず、お客様を出発させることが出来なくて、最後には倒産したことがあった。

ニュースでも取り上げられたので、覚えている方も多いだろう。内情はわからないが、この会社の倒産も、旅行業独自のキャッシュフローが原因の一つとみられる。

予約が入る度に、その手配に関わる支払いが、その都度発生する。近年は、予約後一定期間内に航空券を発券するため、発券の都度航空会社に支払わなくてはならない。宿泊代やその他現地でかかるサービスも、予約したらすぐに支払となる。これが毎日あるため、まとめて「末締め翌月払」という概念は、旅行業にはない。

長年経理業務に携わった人でさえ、難しいであろう旅行業のキャッシュフローを、旅行業務しかしたことがない筆者がどう対応するか?

答えは「公明正大に」だ。

お客様から預かったお金は、そのお客様の手配だけに使い、利益をプールしていく。そして、プールされた中から、会社の経費を支払う。

顧客Aから預かったお金を、顧客Bを出発させるために使うような、いわゆる「自転車操業」を徹底的に避ける。出来ることなら、顧客からお支払頂いたお金に、それぞれ名前を書いておきたいくらいだ。

以前在籍した会社では、このキャッシュフローがうまくいかず、支払いの催促の電話が度重なることがあった。

会社の代表が電話に出てしまえば、そこで結論を出さざるを得ないため電話には出ない。しかたなく、一社員の筆者が、なんどか催促の電話に対応することがあった。

これを何度も経験したため、「自分が会社を作ったときには、催促の電話は絶対にさせない、お客様にも取引先にも、公明正大に営業してやる」と思ったものだ。

何度か(というか常に)苦しい時もあった。

しかし、そこはSOHOスタイル、社員を抱えることがないので、給与の遅延や未払いが発生することはない。苦しい時は自分が我慢するだけだ。そして、身に余るほどの利益を得た時に、その我慢を精算する。

小さな旅行会社は、常に「お客様から預かったお金を持ち逃げする」という、旅行会社にありがちなネガティブイメージを払拭するため、そして「〇〇〇くらぶ」のような事態を起こさないために「公明正大」に会社を運営することだけが、難しいキャッシュフローを克服するカギだと筆者は考える。

注)このはなしは、コロナ禍以前までのこと。世界的パンデミックを経験した今、旅行業の未来はまだ見えない。

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