サウンドホールの匂い ~ 5 懺悔の手紙

スポンサーリンク
Classic Guitar
イメージ
「サウンドホールの匂い」シリーズはクラシックギター教室の先生との思い出を綴るものだが、思い出は良いものばかりではない。すでに教室をやめて2年近くたつが、改めて思い起こすと「あの時こうしておけばよかったな」ということが多い。それは先生や生徒さんたちへ、さんざん迷惑や自分勝手な自分を押し付けてしまったことへの後悔だ。今、懐かしい曲の数々を聞いていると、心温まる記憶とは程遠い、後悔から来る苦しい気持ちばかりである。このシリーズはいわば、先生への懺悔の手紙である。

打ち上げでの失態

前回書いた通り、S先生は一言でいえば褒め上手で、人に対して悪いことはけっして言わない。自分を含め、歳が親子ほど離れている生徒さんたち1人1人の意見や希望を尊重し、対等に付き合ってくれる。それでいて自分にあるものは惜しみなく皆に分け与える。

初めて参加した発表会は先生の自宅で行われた。その後(自分がこの教室に参加するずっと前からも)この発表会は毎年4月の同じ日に行われ、自分も自然とカレンダーに印をつけるようになっていった。生徒さんも先生の人柄を引き継いだかのように、みんなおおらかに新人を迎え入れてくれた。
この発表会に初めて参加し長老さんの演奏に興奮した自分は、発表会終了後の打ち上げの場で初めての「失態」を披露することになる。
この打ち上げは、全員の演奏が終了後テーブルセッティングを行い、デリバリーのピザとサンドイッチとカナッペが中心の軽食が用意され、スペインにギター留学された先生ならではのサングリアやワインとともに語り合うホームパーティー形式だった。ちなみにこの食事や飲み物は、すべて先生の私費で賄われる。初めての人は先生の厚意に甘えることが良くわからず御礼に差し入れなどするが、そういったことは一切気にしないでほしいと言われる。軽食とはいえ、30人も自宅に呼んで行う打ち上げの経費は結構な出費なのではと思うが、一切気にしていない。
毎年新人が入るので、改めて自己紹介を行い、そして打ち上げは続く。生徒さんの年齢は、下は高校生くらいから上は定年後の趣味でギターを弾いているような人まで幅広く、また職業も様々だ。そんな同じ趣味に打ち込み、お互いの練習の成果を発表したみんなとギターの話をすれば、その場も盛り上がることは自然なことだった。

その場の雰囲気に慣れてきた自分はグラスの数も進み、気が付くとお開きの時間まで眠ってしまったようだ。ほぼ初対面の人達に囲まれ、いい気になって騒いだ後眠り込んでしまったことを謝ったのだが、その時の先生を含め皆さんの反応はとても好意的だった。それ以来、私は「陽気なおじさん」として定着してしまったようだ。
先生はこうした「失態」にもかかわらず、おおらかに接してくれた。後日、「みなさんあなたのことを『とても楽しい方』とおっしゃっていたわよ」とおっしゃって下さり、「またみんなでお食事したい」とも言ってくれた。実は先生、こういった生徒さんとの食事が楽しくて講師を続けているのだと思った。
ともあれ、先生には気に入られたようだ。

喫茶店での時間

ギター教室に通い始めた最初の1年はまだサラリーマンだったため、退社後に通える夜の時間帯のレッスンを選んだ。残業が多少重なっても通えるよう、その教室の一番最後の時間帯、夜8時からの1時間だ。そしてレッスンが終わると、同じ教室の生徒さんと一緒に先生行きつけの喫茶店に向かう。先生はレッスン前とレッスン後の1日2回、必ずここでくつろぐのだそうだ。レッスン後に生徒さんとコーヒーを飲みながら、ギターに関係ないことも含めてしゃべる時間がお好きなようだった。途中レッスンの時間帯を1時間繰り上げるまでの7~8年、ほぼ毎週一緒に喫茶店を訪れた。

先生は女性ながら、スペインへギター留学をしていた後もしばらく、パイプが趣味のようだった。そういった一息入れる時間だったのかもしれない。そして自分自身も一服する時間としては楽しく、いろいろなことをしゃべった。自分自身の仕事のことや同じ教室の生徒さんの仕事のこと、レッスンについての疑問、先生のギター留学のときの話、時事問題など、話題はさまざまだった。
lighter
頂いたライター(実物)
あるとき自分が一服していると、「パイプで一服していた時に使っていたライターがあるんだけど、もらって下さる?」といわれた。聞くと、留学先のスペイン・アリカンテのホームステイ先のお宅でお別れの時に記念に頂いたライターらしい。そんな思い出のものを頂くわけにはいかない、と断ると、「使って下さる人に使ってもらったほうがいいの」といって、そのライターを私に下さった。STデュポンのタイプ1、ゴールドメッキのライターだった。使わなくなって久しいらしく、自分で調整できそうもないので一度オーバーホールに出したら、まだまだ使える高級品だった。そしてその時同じ教室だったもう一人の生徒さん(女性)には、同じように先生が使用していたネックレスを渡した。
こんなことを何の気なしにしてしまう先生は、自分の持っているものは惜しみなく生徒さんに分け与え、同じ時間を共有することにとても喜びを感じる人であった。

このライターは今でも持っているが、レッスンをやめたあたりから何故か使えなくなった。故障したのではなく、自分の気持ちが使えなくしてしまっていた。先生への懺悔は初めての発表会での失態だけではない。まだまだあるのだが、そういった気持ちが、このライターを自分で使えなくしてしまったのだった。
教室をやめてから2年のあいだ、1度も連絡を取っていない。やめてから何度かメールを送り、年賀状も送っているのだが返事がない。ご高齢なのでお体のことも心配なのだが、返事がないのはご体調のことだけではないのかもしれないと思うと、自分からその他の方法(電話など)で連絡を取れるはずなのにできない。
思い過ごしかもしれないが、このことも自分の後悔に繋がっている。
スポンサーリンク

ブログランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ

0 件のコメント :

コメントを投稿

TOP